パレンケ
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AD431年に王朝が開かれ栄えたマヤ低地西部の大規模な都市遺跡
6世紀末から7世紀初めにかけてカラクムルから戦争を仕掛けられ一時衰退するが、615年に即位したパカル王の治世に盛り返し最も繁栄した
8世紀に隣国トナニーにより王が捕虜として連れ去れる事件が発生し799年を最後に記録が途絶える
「碑文の神殿」からはパカル王の、「13号神殿」からは赤の女王と呼ばれる女性の墓が発掘された
パカル王の墓から遺体と一緒に発掘された美しいヒスイの仮面は盗難にあったもが、あまりに有名で処分できないまま発見され現在はメキシコ・シティの人類学博物館に収蔵されている()
現在、「碑文の神殿」は内部の見学不可だが「13号神殿」は見学可能
丘陵地帯の森の中に構造物が整然と並び、保存・修復状態も良好な美しい遺跡
博物館も充実しておりパカル王のヒスイの仮面こそないが他の複数の仮面が見られる(2015)
パカル王のヒスイの仮面(メキシコ・シティ、人類学博物館) |
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